大規模言語モデルがインターフェイスに及ぼす影響
「Text-to-Everything」の時代へ
チャットGPTを始めとする対話型AIの飛躍的な発展で、自然言語があらゆるもののインターフェイスとして使われる「text-to-everything」の時代に入ると予測されている。
近い将来、人間がスマートフォン、コンピュータ、家電製品、機械などを自然言語を用いて操作するだけでなく、器機同士の通信(M2M)にも自然言語が使われる可能性があると指摘するドイツのAI専門家がいる。
M2M(Machine to Machine)に自然言語を使用する意味や可能性について、インダストリー4.0(製造業のDX、IoT)に精通しているDr. Thomas Usländer(フラウンホーファー研究機構)に話を聞いた。
自然言語がM2Mにも浸透するか?
── 【湯川】 つい最近、対話型AIの飛躍的な発展に関連する、興味深い問題に出くわしました。自然言語は将来的に人間と機械のインタフェース(HMI)としてだけでなく、機械と機械(M2M)のインタフェースとしても使われるようになるかという問題です。
多くのテクノロジー専門家や未来学者、例えばAmy Webbなどは我々人間が近い将来、自然言語を使ってあらゆるものを操作するようになると予測していますよね。ドイツのAI専門家のDr. Tina Klüwerはさらに一歩踏み込んで、「自然言語がそこら中で使われるようになり、人間と機械のインタフェースとして、そして恐らく機械と機械のインタフェースとして重要になり、その結果として機械同士がコミュニケーションできるようになるでしょう」との見解です。
機械同士のコミュニケーションに自然言語を使用することに意味があるのか、適したユースケースはあるのか、現実的な可能性があるのかなど、色々と脳裏をよぎりました。
インダストリー4.0における大規模言語モデル(LLM)の将来的な利用可能性をどのように評価されますか?
*** インタビューパートナー ***
Dr.-Ing. Thomas Usländer
ドイツ・カールスルーエ工科大学(KIT)でコンピュータサイエンスの学位と工学博士号を取得。
フラウンホーファー研究所 IOSBの「情報管理&生産制御」部門のトップで、「自動化&デジタル化」事業部の副スポークスパーソンも務める。
地理空間情報システムに関する、欧州委員会の招待専門家でもあった。インダストリー4.0分野で「DINイノベーション賞 2017」や「OMGアプリケーション賞 2000」を受賞。
(ドイツの産学官連携のインダストリー4.0推進組織である)Platform Industrie 4.0の様々な作業グループ、インダストリー4.0標準化審議会(SCI4.0)の専門家パネル、DIN/DKEハイレベル調整グループ「AI標準化と適合性」のメンバーでもある。
さらに、国際データスペース協会(IDSA)の産業コミュニティ「IDS-I」の共同議長、AIシステムエンジニアリング(CC-KING)のカールスルーエコンピテンスセンターの議長も務める。
専門の研究分野は、アジャイルなシステムとサービスエンジニアリング、AIシステムエンジニアリング、産業IoTのオープンアーキテクチャなどで、これらのテーマに関する国際会議で数多くの基調講演を行い、国際的な学術誌でも論文を発表。
LinkedIn: http://www.linkedin.com/in/tuslaender
Research Gate: http://www.researchgate.net/profile/Thomas_Uslaender
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大きなメリットはあるが、問題が2つ
── 【Usländer】 これは非常に興味深い問題ですね!まだ学術的な研究に基づくわけではありませんが、私の個人的な見解を示します。
もし自然言語を人間と機械のインタフェース(HMI)としてだけでなく、機械と機械のインタフェース(M2M)としても使用すれば、統一されたインタフェースの大きなメリットが得られ、効率の向上につながるでしょう。人間のユーザーやオペレーターを容易にソフトウェアエージェントに取って代えることも可能になります。例えば過酷な環境でのシステムの訓練に有利です。
ただし、2つの問題があります。まず第1に、自然言語は意味的に曖昧すぎて、明確な命令を機械に与えることはできません。このため、技術分野における人間と人間のコミュニケーション、例えばパイロットと航空管制官の間のフライトコミュニケーションでも制限された明確に定義された言語が使われていますよね。
第2に、大規模言語モデル(LLM)による処理はまだ信頼性が不十分で、結果を再現し説明することができないため、確実性が求められるクリティカルな分野での使用には適していません。ただし今後、この点は改善されるでしょう。
それでも、最初の問題は残ります。このため、M2M通信では今後も、意味的に明確に定義された制限された言語のみが使用されるだろうと私は考えます。
自然言語は意味的に曖昧すぎて、明確な命令を機械に与えることはできません。
このため、技術分野における人間と人間のコミュニケーション、例えばパイロットと航空管制官の間のフライトコミュニケーションでも制限された明確に定義された言語が使われていますよね。
M2M通信では今後も、意味的に明確に定義された制限された言語のみが使用されるだろうと私は考えます。
Dr. Thomas Usländer
インダストリー4.0の管理シェル(AAS)との関係性
── 【湯川】 最近の対話型AIの発展は、(製造業のDX、IoT、データ連携においてデジタルツインとして中心的な役割を果たす)管理シェル(AAS)にどのような影響を及ぼしそうですか?AASに自然言語を統合する必要性はありますか?
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── 【Usländer】 AASへの大規模言語モデル(LLM)インタフェースは、魅力的な学術的課題でしょうね!しかし、実際的な観点、実装の点から見ると、現在のAAS APIにマッピングされた、AAS実装の付属品となります。現時点では、AASインターフェイスとしてのLLMの統合は(まだ)ないです。
しかし、すでにAAS向けのM2M言語である「インダストリー4.0(I4.0)言語」があります。この言語はAASのインタラクションタイプ3で使用され、AASインスタンス間の交渉を可能にします。例えば、工作機械に対して「オーダー4038の見積もりを依頼する」といった具体的な要求ができます。このI4.0言語は主語-述語-目的語の形式の「M2M」言語の一例ですが、これは自然言語ではありません。誰もI4.0言語のようには話さないでしょう!別のM2M言語としてはIEC標準62541 OPC UAがあり、OPC UA向けのAAS APIもあります。
「破壊的な変革(Disruption)」は現実味があるか
── 【湯川】 今後の発展は、既存のM2M言語の延長線上となるのでしょうか。それとも、「破壊的な変革(Disruption)」もあり得そうですか?
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── 【Usländer】 M2Mの「言語」は以前からありますよね。ほとんどのM2Mプロトコルは、交換される情報のメタモデルを持っています。一部のM2Mプロトコルには、意味的に明確に定義された操作やイベント、少なくてもこのためのメタモデルがあります。これは、コンピュータ科学では明確な構文と意味論を持つ言語と見なされるものですが、制約されており、自然言語ではなく機械的に処理可能な言語です。
自然言語の不確実性、微妙なニュアンス、曖昧な二重の意味合いを考えると、私はM2Mにおける破壊的な変革は予想していません。
そもそもM2M通信で大きなイノベーションの必要性があるのか疑問視しています。セマンティクスの定義の必要はありますが、これはむしろ標準化の問題です。
破壊的なアプローチとして1つ考えらえることは、機械に関する既存の情報(データシート、ラベル、写真、取扱説明書など)から、LLMを用いて機械同士の統合や相互作用を導き出すことでしょう。既存のM2Mプロトコルをベースにです。